D2C前夜のD2Cを支えた、起業家と投資家のパートナーシップ

Dialogue with FABRIC TOKYO・森雄一郎

「誰もが自分らしいライフスタイルを自由にデザインできるオープンな社会をつくる」をビジョンに、ビジネスウェアのカスタムオーダーサービスを展開するFABRIC TOKYO。累計の資金調達金額は37億円を超え、国内D2Cの雄として注目を集めている。同社の創業期を振り返りながらFABRIC TOKYO代表取締役・森雄一郎とPRIMAL CAPITAL佐々木浩史が語った、起業家と投資家の理想的な関係性とは。

ビジネスチャンスより“ハート”ドリブン

佐々木 森さんと最初に会ったのは2013年ごろでしたね。

 そうですね。当時僕はメルカリにフルタイム社員としてジョインしていたのですが、イーストベンチャーズが借りていたビルにオフィスがあって。CAMPFIREさんやCoineyさん、BASEさんもそこで働いていました。僕は一度起業して失敗した経験があるのですが、起業家のもとで修行してまた自分で事業を興したいと思っていたんです。だからイーストベンチャーズのビルに入っていたみなさんに、起業の方法や事業のつくり方、ベンチャーキャピタルとの出会い方など、色々と相談させてもらっていて。そのタイミングで、ちょうどインキュベイトファンドから独立しようとしていた佐々木さんを紹介していただいたんですよね。

佐々木 Voip!の原口さんとCrevoの柴田さんの紹介でつないでもらって、最初は六本木ヒルズのスタバで会ったんですよね。

 VCと面談するのは初めてだったこともあり、僕は半信半疑ながらも喋っていたんですが、最初は佐々木さんの反応が悪くて(笑)。でも途中で急に「めっちゃいいじゃん!」って言い始めた。それが一言目ですよ。そのまま「客単価いくらで、どれくらい顧客がいて、リピート率いくらだったら売上いくらになるの?」と聞かれて、バーっと暗算して伝えたら「えっ、絶対いけると思います。めっちゃいい」みたいな感じで食いついてくれましたね。

佐々木 即日コミットですよ。「投資したい」ってその日から言ってましたよね。

 あれは嬉しかったですね。でもこれが初めてのVCとのやり取りだったので、すごく不安でもありました。この瞬間に投資を受けていいか、正直判断ができなかった。なので「わからないことばかりなので、まずは色々教えてください」と相談したら「まずはインキュベイトキャンプに出てみませんか」と。そこから関係が始まりましたね。

佐々木 僕は当時独立の直前でまだファンドをもっていなかったんです。でも森さんの話の中で強烈に印象に残ったエピソードがあったから「いける」「やりたい」と思えたんですよ。ひとつは森さん自身が「服」に関して抱えていたペイン。森さんみたいに背が高くて細いと既製服がなかなか合わなくて、サイジングに不満を抱えていたんですよね。

:僕は学生時代にファッションメディアを自分で立ち上げて運営するほどファッション好きだったんですね。でも既製品が全然合わない体型で、洋服好きなのに「洋服を買う体験」が最悪という自分のペインが原体験のひとつでした。

佐々木 もうひとつが、学生時代から市場を見て動いていたこと。中国に写真だけ送ってコートつくってもらってたんですよね?

 起業を志した学生の頃から、プライベートでも視察でも中国にはよく行っていました。上海にテーラーがめちゃくちゃいっぱいあって、欲しい服の写真を渡せばそっくりのものを格安でつくってくれるという噂を聞きつけたんです。30〜40万する某高級ブランドのコートが欲しかったけど買えなかったので、写真を見せて「これと一緒のやつをつくりたい」と伝えたら、ほんとに向こうのテーラーが再現してくれたんですよ。

佐々木 でも生地がゴワゴワしてるんですよね(笑)。

 めちゃくちゃゴワゴワでした(笑)。15,000円くらいでつくったので生地の質も低いし縫製も悪かった。だけど、ちゃんとパターンを渡してもっといい生地といい縫製でつくれば、かっこいい服が手軽にオリジナルでつくれるかもしれないと感じました。この体験があったから、いまのビジネスの可能性を信じられたのだと思います。

佐々木 当時の国内スタートアップ業界では、コンテンツをパーソナライズして配信する「キュレーションメディア」が盛り上がっていて、Amazonプライムが日本でも日時指定配達サービスを提供し始めた時期だった気がします。その文脈を踏まえて森さんの事業構想を聞くと、パーソナライズした服をオンデマンドで買えるeコマースサービスという、当時盛り上がってたふたつの潮流の「かけ算」なんですよ。それが遠からず普通に訪れる未来であることは理解できたので、やりたい!と思ったわけです。ただ、インキュベイトキャンプでは全然評価されなかった(笑)。

 そうですね(笑)。当時はゲームとメディアが全盛期でしたから。

佐々木 2回参加して両方とも入賞しませんでしたね。まわりからは「シャツ屋」って言われてましたし。

 「森シャツ」って呼ばれてましたよ(笑)。

佐々木 僕も森さんも当時は「何者でもない」人間でしたからね。森さんも外部資本を入れる最初のタイミング(2014年3月)で、僕もファンドをもった直後だったから、お互い世間的には全然評価されない立ち位置だった。でも結局、当時ビジネスチャンスがあると思って入ってきた人はほとんど撤退したし、ビジネスチャンスよりもハートドリブンというか、根底に「自分がやる理由」があった森さんのような人が続いているのはすごく面白いし、嬉しいですよ。

泥臭いプロトタイピングの先に

佐々木 でもとにかく、最初は大変でしたよね。僕も服は好きでしたけど、もちろん自分でつくったことなんかないから分からないことだらけ。同じ人に採寸してもらって同じ工場に出したのに、全然違う服が2枚届くとか。

 エラーばかりでしたね。返品もクレームもたくさんいただいて。いまでこそ、NPS(ネット・プロモーター・スコア)も国内のアパレル企業ではトップクラスになってきているんですが、当時はほんとに「非常に満足している」と答えてくださった方が100中5人ぐらいしかいなかったという……。

佐々木 採寸の方法もテクノロジーでなんとかできないか色々試したけど、ひたすら失敗を繰り返していたような。

 一番最初はただ身長・体重・年齢入れるだけで、次は自分で測ってもらって自己申告。ユニクロとかGAPとかの服のサイズをすべて書き出して「普段どれを着ていますか」と選んでもらうパターンもありました。色々な方法でパーソナライズを試みてました。

佐々木 最終的には、営業もセットで出張採寸しに行くのが一番いいという結論に達して。

 やりましたね、出張採寸。あれがすごくよかったんですよね。プロが測る安心感もあってか、コンバージョンレートもリピート率も全然違いました。お客さんに会いに行って1時間かけて採寸して1時間接客すると一人のお客さんに合計2時間かけることになるんですが、その2時間がめっちゃ大事だなと気づきました。Webサービスやってると、お客さんのことをついついアクセス数なんかで見がちなんですけど。

佐々木 当時は「自分にフィットした服を買って着る」というユーザー体験はどうあるべきで、それをどうつくるのか。シード期でお金のないなか、とにかくひたすらプロトタイピングを重ねる時期でした。

 いま振り返ると、それがすごくよかったんだと思います。色々と大失敗してますけど、どのモデルもいまでは他の会社さんがやっているようなことだったりして。出張採寸モデルで200億売り上げてる中国の会社もありますからね。だからあの時期の試行錯誤自体は、ズレていなかったと思います。当時の僕たちのフェーズに合わないアプローチだっただけであって。だからこそ、佐々木さんは僕にとっての精神的な支柱でした。ほんと毎日チャットと電話してましたよね。当時の僕は事業のつくり方もわからなかったし、スタートアップとしてのファイナンスも初めてだったわけです。佐々木さんみたいに色々な会社を見ていて自分でも投資を始めた人が常に横にいてくれたのは、めちゃくちゃ心強かったんですよね。

佐々木 でも、僕は全然うまくやれた実感ないんですよ(笑)。森さんの会社が結果としてうまくいっただけであって。

 僕は佐々木さんにめちゃくちゃ救われたと思ってますよ。深夜にいろいろ話したことも、寝る前の思考材料になったし、それでモチベーションも上がって翌朝早くから起きてコーディングして……みたいなサイクルが、僕としてはすごく良かったんですよね。一般的にスタートアップではPMFに至るまで24〜36ヶ月ほどかかると言われていて、うちも多分24ヶ月以上はかかったと思うんですけど、その期間に泥臭く伴走してくれる投資家って、起業家からしてみたら本当に貴重な存在です。僕らは割とうまくいった方じゃないですかね。

佐々木:いやー、我が身を振り返ると常に失敗続きですよ。

 佐々木さんの感覚で失敗や反省だったとしても、結果的にうまくいったんだからいいじゃないですか。投資家としての佐々木さんのいいところは、「センス」だと僕は思ってて。僕のようなファッション領域の起業家にとって、センスのいい投資家と出会えるのはすごく重要だと思います。サイエンスに強い人はすごく多いんですが、なかなか数字に落としづらいアートや美意識の部分をしっかり語れる人ってほんとに少ない。いまでも覚えてるのは、「メディアに出る時は常に服装に気をつけよう、自社の服を着ようよ!」と話してもらったことです。僕たちがiPhoneを買うときにはスティーブ・ジョブズの顔を、ユニクロを買うときには柳井さんの顔をなんとなく思い浮かべるように、ユーザーはメーカーの裏側にいる人の存在をイメージするものなんだ、と。自分たちはWebサービスじゃなくてメーカーだという意識をもったほうがいいと佐々木さんに言われたことは、いまも僕のなかにすごく強く残っています。

現場を知るからこそできること

 色々な方と知り合うようになって、意外と起業家って熱が冷めちゃうんだなとよく思います。正直、周りを見ていると「昔の情熱はどこにいったんだ」って感じる人も少なくないんですよね。4〜5年くらいトライしてみたけど、そこで諦めてしまったりピボットしたり、興味が別に移っちゃったり。ひとつの領域で戦い続けるような、いい意味で真っ直ぐ、悪い意味で不器用な人の方が、かえって成功しやすいんじゃないかなと思うんです。

佐々木 僕自身、投資を考えるうえでは流行り廃りや経済性だけではなくその人自身の意志が感じられるかどうかはすごく大事にしていますね。

 特にBtoCは「リングに立ち続ける」ことがものすごく大事なんだなと感じました。スタートアップのやることって市場のトレンドより3〜5年ぐらい早いわけで、数年経つと大手企業が真似してくることも少なくない。それでもめげずに長くリングに立ち続けると、いつの間にか競合は撤退していくんですよ。うちも2017〜19年の2年間は、いくつも競合が参入してきたんですが、軒並み撤退していきましたし。みんな競合をちょっと恐れすぎなんじゃないかなと。

佐々木 不器用だからこそ長く続けられるってのはあるかもしれないですね。

 あとはやっぱり、ひとつの領域に愚直にコミットし続けているからこそ、そこに眠っている可能性に気付けることもあると思います。中国の工場に写真を送ってオーダーメイドの服をつくったことがあって、そこにマーケットがあると気づいていたのは、当時の国内起業家で僕だけだったはずで。うちも最近はD2CだけじゃなくてDXと言われるようになりましたけど……。

佐々木 小売DXとか、アパレルDXとか聞くようになりましたね。

 うちは店舗で採寸したお客さんのデータが工場までワンクリックで届くようにデータを垂直統合しているので、そう言われるんでしょうね。アパレル業界の常識からしたら、相当進んでいることをしているはずですけど、それも「DX」なんて言葉が広まる前から現場で積み上げてきた経験があったから実現できたわけです。

佐々木 最初はFAXも使ってましたよね。

 FAXどころか切手を貼って郵送して、「届きましたか」と電話をかけることも多かったです。工場の現場に行ったら、そうやって郵送されてきた紙のデータを大勢のスタッフがバーっと手入力していて「あぁ、これは業界の“負”だな」と。明らかに時間もコストもかかるし、絶対にヒューマンエラーを防げない。じゃあここをデジタル化しようと。現場の実情を見てきたからこそ、どこをどうデジタル化すればいいか分かるんです。たぶん、プラットフォームをつくって「これ使ってくださいね」と言ってもなかなかうまくいかないと思います。

佐々木 そこはやっぱり森さんの強みですね。

 佐々木さんが伴走してくれたからこそ、僕も自分を信じて続けられたのかもしれません。

佐々木 でも僕が森さんに投資できたのは運が良かったからですよ。他にいなかったから消去法で選んでもらえたんだと思う(笑)。

 全然消去法じゃないですって(笑)。「信じてくれるたった一人の投資家に会いましょう」ってスタートアップ界隈ではよく言われますけど、僕にとっての佐々木さんはまさにその「たった一人」です。当時はD2Cなんて言葉もなかったし、色々な投資家に話を聞いても、スタートアップでものづくりやるのはご法度という雰囲気でしたから。「これだけ投資をしてきた人が言うならそうなのかもな、いやでも自分としてはこれをやりたいし、いけると思ってるんだけどな……」と悶々と悩んでましたね。99%の投資家がそういうスタンスでした。プラットフォームやんないの? メディアやんないの? みたいな。

佐々木 「森くんメルカリいたんでしょ」と。

 「メルカリみたいにCtoCでいいじゃん、仕立て屋さんとのCtoCとかどう?」ってしょっちゅう言われてましたから。でも、仕立て屋さんってITに慣れている人がすごく少ない業界だから、CtoCプラットフォームをつくっても絶対に使ってもらえないって僕は分かってたんです。だったらやっぱりD2C型だし、それを唯一信じてくれたのが佐々木さんでした。佐々木さんが「信じる」って言ってくれたのに乗ってくださったのが、インキュベイトファンドの和田さんで、世の中の投資家でこの二人しか信じてくれないみたいな状況で。結局、事業に絶対の「正解」はなくて、信じたことを正解にしていくしかないわけですから、信じてくれる人と一緒にやったほうが絶対いいんですよ。

起業家をコントロールしてはいけない

 僕から佐々木さんに聞きたいことがあるんですけど、「ここがあったから上手くいったよな」とか「これがあればもっと早く、うまくやれたのにな」とか、当時を振り返って思うことはありますか?

佐々木 後者については、明確に「お金」ですね。

 ファイナンスは相当苦労しましたもんね。当時のファイナンス環境とうちの事業領域がマッチしていなかった。これが2018〜2019年だったらファイナンスの難易度は全然違ったはず。たぶん5〜10倍のお金集められてましたよね。佐々木さん、いまならD2Cファンドつくれますよ(笑)。

佐々木 僕らが始めた時は「D2C」なんて言葉はなくて、2017年ぐらいになってようやく出てきましたよね。森さんに「これじゃん」って送った記憶がある。

 「どうやら僕らがやってることは、なんかD2Cって言うらしい」みたいな(笑)

佐々木 ただ、お金が足りていなかったことは「なぜうまくいったのか」というひとつ目の質問と表裏一体でもある。ファイナンスの制約があったからこそ会社の基礎体力がつくられたとも思うんですよね。お金もない、人もいない、周りから見向きもされていないっていう状況だったから、自分たちが体を使って事業のピース一つひとつを理解しないといけなかったんだと思う。

 不遇のシード期間でしたよね。ほんとに。

佐々木 でもその分、まわりから変なノイズも入ってこなかった。僕らの事業の価値はP/Lじゃなくて、お客様のカルテだ、データだってずっと言ってたし、それを信じて掘り進めることができた。FABRIC TOKYOが提供しているUXは「あなたの体にフィットするものすごく着心地のいい服を、オンデマンドで提供しつづけます」ということだよね、と。だから奥行きのある顧客データが満足度であり、リテンションをつくる源泉なわけで。物売りじゃなくてライフスタイルビジネスなんですっていう話をずっとしてましたよね。

 最後にひとつ質問してもいいですか? 成功も失敗も色々含めて、佐々木さんがうちへの投資から得たものって何だったんでしょうか。

佐々木 これはFABRIC TOKYOだけじゃなく、武地さんのGateboxもそうだったんですが……スタートアップは、投資する側が自信ないぐらいで丁度いいってことですかね。

 へええ、面白い。

佐々木 ほんとに、こっちが不安なぐらいのほうが丁度いい。言い方を変えると、他の人がやっていないことに夢中になってる人がいいよねってことです。僕も当時、「服やってるんですよ」「ロボットつくってます」と言ったら「なんでそんなとこに投資してんの、絶対うまくいかねえよ」って言われてましたから。

 「時間かかりそうだねー」みたいに苦笑いされるやつですよね。

佐々木 まぁ、人とかぶるのが嫌なんでしょうね。すでに人気のあるものに興味をもてないから。「佐々木は野党」だって言われます(笑)。

 俺はスタートアップ投資の野党だって、めっちゃいいじゃないですか。日本の投資家ってけっこう「自分が○○に投資した理由」みたいなエピソードを雄弁に語りたがるけど、実際は協調投資で人に乗っかってるだけみたいなパターンも多くて、本当の意味でリードできる投資家って少ないんですよね。でも佐々木さんの場合は、人と被りたくないから自分がリードするしかないじゃないですか。それは投資家としての差別化にもなるし、そのことで救われる起業家も確実にいるはずだから、社会的にもすごくいいことだと思います。

佐々木 「佐々木くん、それ絶対うまくいかないよ」と言われ続けてきて、でも「いやいやいや、なんとかなるんですって」と突っ張っていまがありますからね。成功体験として良いのかどうか怪しいけど、一番の学びはそこですかね。

 でもそういうスタートアップのほうが伸びてるんですよね。

佐々木 強いんですよ。

 結局、起業家なんて人間は、他人がコントロールできないじゃないですか。

佐々木 うん、コントロールできないし、されちゃだめ。絶対だめ。「僕からの期待値はめちゃくちゃ高いよ」という話と、「期待値は高い方が楽しいじゃん」という話と、「ていうかお前(起業家)も自分への期待値めっちゃ高いだろ」って話をし続けてるだけなんですよね、僕は。その上で「高い期待値を越えていくにはまだまだ全然足りてないから、もっとここを頑張ってほしい」と言い続けるだけ。もちろん、信頼関係と密なコミュニケーションの両方がないとできないことなんですけど。それを投資家が変にコントロールし始めると終わってしまう気がする。

 そういう関係性で投資家とシード期を乗り越えていくには、やっぱり起業家も自分の意見をしっかり言えないとだめですね。最近は裾野も広がって、サラリーマン的な感覚でも起業しやすくなってきた感じがありますけど。自分のハートとか、信念に基づいた起業でなければ、結局は続けられないのかもしれません。

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