大いなる跳躍に向けて。プライマルのミッションとロゴに込めた想い。

Dialogue with 松本隆応

2022年12月、PRIMAL CAPITALはCI、ウェブサイト、ステートメントをすべて刷新した。それは単なる表面上のリブランディングやリニューアルではなく、PRIMAL CAPITALのアイデンティティをビジュアルと言語で具現化することでもあった。CIやウェブサイトのアートディレクション/デザインなど、今回の刷新をデザイン面から支えたデザイナー・松本隆応とPRIMAL CAPITAL・佐々木浩史の対談からは、「PRIMAL」という言葉に宿るアイデンティティが見えてきた。


オルタナティブとタイムレス

佐々木 松本さんに最初にご相談したのは、2018年の春でしたね。別件で松本さんにご相談があって、5月に食事をしたことを覚えています。

松本 最初はどんなロゴをつくるかという話はせず、佐々木さんの趣味や嗜好をひたすら語ってもらっていた気がします。そのときは「オルタナティブ」や「タイムレス」というキーワードが印象に残っていました。起業家の泥臭さや孤独、弱さを理解しながら一緒に事業をつくっていくというスタンスは当時もいまも変わっていませんよね。

佐々木 いま、独立してVCファンドを運営している方々のなかには、学生の頃から業界に出入りしていた人も少なくないですが、僕自身はいわゆる「エリート」でもなければ友達が起業していたわけでもないし、アウトサイダーだという感覚があったんです。でも、かつてチャンスをもらえたことでいまの自分があるわけで、みんなから注目されている人ではなくオルタナティブで目立たない人のチャンスを最大化できたらとずっと思っていました。それにディープテックやSaaSなどスタートアップにはその時々でトレンドがあるものですが、僕自身の関心はトレンドとは少しズレていて。社会全体の流れを踏まえたうえでやるべきことを考えたいと思っていたことが、タイムレスという表現につながったんだと思います。松本さんはそういう話をきちんと聞いてくれそうだったのでぜひご相談したいと思ったんです。当時はいまほど「デザイン」の重要性が叫ばれていなかったし、松本さんは貴重な存在でした。

松本 僕がコイニーに入ったときは「創業期からデザイナーがいるなんてありえない」と言われてましたしね。そこから数年経って、デザインの重要性が理解されるようになってきたように思います。

佐々木 「デザイナーってウェブサイトの発注先でしょ」くらいに考えている人も少なくなかったですよね。思えばそもそも当時はシードVC自体もそこまで多くなかった気がします。この2~3年で急速にITスタートアップのエコシステムが巨大化したんでしょうね。

「Primal」が意味するもの

佐々木 それから松本さんと少しずつやりとりをするようになったわけですが、その次に大きく動いたのは2019年の夏ですよね。だいぶ間が空いてる(笑)。

松本 佐々木さんの話からだいぶインプットもできて、アイデアが熟成してきたタイミングでいくつかラフを提案しました。

佐々木 最初は「エレガントすぎる」とかけっこう議論があったような。

松本 そのころ僕は佐々木さんに対してスマートでシンプルなイメージがあって、シュッとしたシティボーイのような人だと思っていたんですよね。だからBrilliantというのもひとつのキーワードとして提案していたのですが、即答で「Brilliantではない」と(笑)。まだ僕のイメージにズレがあるなと思って議論を重ねていくなかで、もっと荒削りで芯がある強いイメージなのだなと思うようになりました。佐々木さんの中で整理された世界観がありつつも、野性的な強さがあるんじゃないか、と。起業家と一緒に泥臭く徹夜しながらディスカッションするような……。

佐々木 強いイメージの方向性になっていったのが2019年の秋頃ですね。

松本 異端の存在である起業家の視点が社会を大きく変えていくことから、当初はバタフライエフェクトをシンボルにできないかと話してましたね。その案もみなさんの反応はよかったんですが、自分の中でモヤモヤしていた部分もあって「primal」という言葉をもっと分解してみようと思ったんです。primalという根源にあるものや佐々木さんのもつ荒々しさを大事にしつつ、起業家の志という磨かれていない原石を一緒に磨いていく存在であることも重要だなと思って、蝶ではなくゴツゴツした石のようなモチーフを考えるようになりました。あとはコンプレックスや劣等感が佐々木さんの原動力でもあるしほかのVCとの違いでもあるなと思って。色々スケッチを描いていくなかで、角の欠けた正方形は完璧ではないけれど見方を変えると美しい宝石のようにも見えるというストーリーにたどり着きました。起業家もどこか異端で完璧ではないけれど、欠けた部分があるからこそ個性が光っていくものじゃないですか。

佐々木 最初にバタフライ案について話したあと「実はこういう案ももってきたんです」と原石案をだしてきてくださって。その瞬間、満場一致で原石の方に決まりましたよね(笑)。そもそも僕らもまだ未成熟ですし、繊細でもエレガントでもありませんから。

松本 その案がいまの原型になっていますね。形状をブラッシュアップしていくなかで、宝石のカットの見せ方も単体で輝くブリリアントカットではなく並べたり集めたりすることでより一層美しくて強い輝きを放つシングルカットに決めました。

細かい目盛りの“ものさし”をもつ

松本 VC業界を見てみても、デザインに力を入れるところが増えてきた印象があります。

佐々木 ファンドの規模が大きくなり、デザインにかけられる予算が増えたところもあるでしょうね。VCのプレーヤーが増えたことで、きちんと自社のあり方を説明しないとお金を集めにくくなっている。

松本 市場に流れるお金も人も増えましたからね。起業家側の意志や自己が重視されるようになると、それに呼応するVCも自我が立っていないと選ばれなくなってしまう。VC側からも自己を提示する必要が出てきているんでしょうね。

佐々木 VCそのものだけではなく、投資先のデザインを見ていただくこともありますね。もっとも、経営者によってデザインに力を入れるタイミングも変わってくるとは思うんですが。デザインって依頼する側のリテラシーが重要じゃないですか。何を伝えたいか、社会からどう見られたいか、どう伝達手段を活用するのか――きちんと考えたうえで発注しないといけない。

松本 その点、佐々木さんはすごくリテラシーが高いなと思いました。インプットの質が違うんだなと。いい体験をしていないといいものがわからないし、自分で意味づけできないと判断できなくなる。佐々木さんは自分の基準にのっとって判断を下せるのが強いですよね。

佐々木 ものを選ぶ基準は自分でも意識していますね。高価なものが良いものだと思っているとものを見極める能力が下がってしまいますし、美しいものを見たときにきちんとなんでそれがほかのものと違うと感じられたのか意識することで、その人の基準がつくられていくわけで。これは事業選びにも通じる話かもしれません。

松本 佐々木さんは“ものさし”の目盛りがめちゃくちゃ細かいんです。目盛りが粗いと細かな差異をそもそも意識できないけれど、佐々木さんはすごく細かな目盛りで起業家と向き合っていると思います。

佐々木 結果として起業家の方々からは「細かい」と言われてしまうこともあるんですけどね……(苦笑)。

ロゴからアイデンティティが見えてくる

佐々木 ロゴをつくっていくなかで、自分のアイデンティティが見えてきたことも面白かったですね。僕は自分が攻撃的な人間なんじゃないかと思っていたんですが、みんなと話している内容やそこから導き出されるイメージを見てみると、どうやら違うんじゃないかと(笑)。自分の本心に立ち戻れるような体験でもありました。

松本 議論を重ねるなかで、佐々木さんのイメージも繊細さから強さへと変わっていきました。それがいまのウェブサイトやタグラインに使われている、鉛筆で手書きした文字のイメージにつながっていきましたね。

佐々木 ロゴの方向性は決まったものの、そこからが大変でした。とくにタグラインの「For Giant Leaps」「独りの志と、大いなる跳躍へ」はかなり苦戦しました。前者は跳躍や調和ある未来をつくるうえで長い時間軸を見据える必要があると思い、ニール・アームストロングの「One small step of a man, one giant leap for mankind(人間にとっては小さな一歩だが, 人類にとっては大きな飛躍である)」などを参照しながら決まったものでした。

松本 「独りの志と、大いなる跳躍へ」も「跳躍を」なのか「跳躍へ」なのかでかなり議論がありましたね。

佐々木 「跳躍を」だと跳躍をつくることが大事に見えるけど、動作そのものが目的ではなくて自分たちもその動きの中に入っていくことが大事だから「跳躍へ」だと。細かすぎると思われるかもしれないですけど(笑)。

松本 「独り」の部分は起業家の孤独を指しつつ、まだ声を上げていないけどほかの人とは異なる視点から物事を見ているようなニュアンスもありますね。

佐々木 黙殺したくないんですよね。必ずしもVCやスタートアップの業界が注目している領域やビジネスが正義ではないし、常に別の見方もあると思っています。

松本 PRIMALに合うのって、そういうふうに心の中にすごい野心を抱えている人だと思うんです。スタートアップのメインストリームを進むような、見た目もギラギラしていて野心がある人ではなくて、そんな流れに違和感をもっていて、パッと見ギラギラしていないけど強い野心をもっている人。それは孤独だからといって繊細なわけではなくて、むしろゴツゴツした強いものをもっている人でもある。ロゴがバタフライではなく石になったことで、言葉とビジュアルの両面で説得力をもてた気がします。

起業家のホームをつくっていくために

佐々木 PRIMALが目指していることややろうとしていることをテキストに落とし込んでいくのも、かなり時間がかかりました。イノベーティブな事業をつくることだけを表現すると起業家との関係性が見えなくなるし、起業家との関係を主体にすると何のためにVCをやっているのか見えづらくなってしまう。

松本 ロゴからさらに半年くらいかかりましたよね。

佐々木 そんななかでほかのVCにまつわるニュースも増えてくると、ときにはピリピリしてしまうこともあって。僕はもともとSNSが苦手なこともあり、色々なニュースが流れてくるとウッとなってしまうというか(笑)。

松本 当初僕らが議論していたなかで出てきた「伴走」という言葉も、VC業界のなかで使われることが増えていったように思います。なのでほかのVCとの差異についても考えることはありましたね。

佐々木 僕も伴走という言葉は使っていたんですが、起業家にとっての「ホーム」や「居場所」をつくりたいんだと徐々に言語化されていきました。VCのなかには一定のフェーズまで企業が育ったらべつのVCへと引き継ぎたがる人も少なくないですが、僕はずっと寄り添いたいと思っているんですよね。その起業家の志を応援するのであれば、企業に合わせてVCも進化しなきゃいけないはず。起業家がビジネスのフェーズに合わせてその都度相談相手を探さなきゃいけないのは大変ですし、僕自身は10年単位で起業家のホームになれるような関係性をつくりたいですね。単に寂しがり屋なのかもしれないですけど(笑)。

松本 事業だけじゃなくて起業家の人となりと向き合いたいということですよね。

佐々木 ユニコーン企業や1兆円企業をつくることもたしかに重要ですが、僕はあくまでもこの人ととこれをやりたいという気持ちから投資を進めたいんです。もちろん、単に人となりだけでうまくいくわけではないので難しくもあるんですが、こうしてCIを刷新し、松本さんや投資先のみなさんとの対談を公開することで、PRIMALの考え方が伝わっていけばいいなと思っています。今回は結果的にサイトもロゴもステートメントも新しくしているのでリブランディングしたとも言えるんですが、べつに“リ”ブランディングしたわけではないと思っていて。

松本 どちらかというと、これまでなかったものが出現したというか。佐々木さんがこれまでやってきたことを再確認するプロセスでもあったように思います。立ち位置をしっかり定めたことで、着実に次のフェーズへ進んでいける。

佐々木 アイデンティファイみたいな感覚に近いですね。本腰を入れてこれまでサボってきた作業に取り組んだというか。今後活動を広げていくうえでは、単に僕が人と会って直接話すことだけではなくて、こうしたウェブサイトやメッセージを通じて多くの人に僕らの存在に気づいてもらう必要があるんだなと思います。当たり前ですがひとりで直接人と会うだけでは限界がありますから。他方で、こうした形で自分の考えや理念を改めて明確にしたことで、もっとちゃんと多くの起業家の方々と出会って、そのエネルギーが向かう先や居場所をつくっていかなければいけないと再認識しました。これからも起業家の志という「原石」と向き合いながら、ただ大きな事業をつくるだけではなく社会をより良い方向に変えられるようなビジネスのあり方を模索していきたいと思います。

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